Effective Rim Diameter (ERD) を理解して手組みホイールをマスターしよう

Effective Rim Diameter (ERD) を理解して手組みホイールをマスターしよう
Effective Rim Diameter (ERD) を理解して手組みホイールをマスターしよう
パーツ・用品・スペック

自転車のカスタマイズにおける到達点の一つとも言えるのが「手組みホイール」です。完組みホイールにはない独特の乗り味や、自分だけのオリジナルデザインを追求できるこの作業は、多くのサイクリストを魅了してやみません。

しかし、いざ手組みに挑戦しようとしたとき、最初に立ちはだかる大きな壁が「スポーク長の計算」ではないでしょうか。適切な長さのスポークを用意できなければ、ホイールは組み上がりません。その計算において最も重要であり、かつ最も間違いやすい数値が「Effective Rim Diameter」、通称ERDです。この数値を正確に把握することが、理想のホイールを組み上げるための第一歩となります。

本記事では、このERDについて基礎的な定義から、なぜメーカー公称値をそのまま信じてはいけないのか、そして誰でもできる正確な実測方法までを徹底的に解説します。プロショップのメカニックも実践している計測テクニックや、失敗しないためのノウハウを詰め込みました。

初めてホイールを組む方も、過去に失敗してしまった経験がある方も、この記事を読めば自信を持ってスポークを選定できるようになるはずです。少しマニアックな世界ですが、ここを理解すれば自転車いじりの楽しさが何倍にも広がります。じっくりと読み進めてみてください。

Effective Rim Diameter (ERD) の基本を知ろう

手組みホイールに挑戦する際、多くの専門用語に直面しますが、その中でも「ERD」は最も理解しておかなければならない概念の一つです。単なるリムの大きさを示す数字ではなく、ホイールという構造体が成立するための設計図の根幹に関わる値だからです。まずはこの章で、ERDの正確な意味と、なぜそれが1ミリ単位の精度を求められるのか、その本質的な理由を掘り下げていきましょう。ここを曖昧にしたまま作業を進めることは、ゴールの見えない迷路に足を踏み入れるようなものです。

ERDの定義とは?リムの内径ではない理由

Effective Rim Diameter(ERD)は、日本語で「有効リム径」と訳されることが多いですが、単なるリムの内側の直径ではありません。ここを誤解していると、スポーク長の計算が根底から狂ってしまいます。リムの内径はタイヤが収まる部分や、リムテープが貼られる部分の直径を指すことが多いですが、ERDは「ホイールが組み上がった状態で、スポークの端が到達する地点の直径」を指します。つまり、リムそのものの寸法だけでなく、そこに使用するニップルの頭の厚みまでを含んだ仮想的な直径なのです。

想像してみてください。スポークはハブから伸びてリムの穴を通り、ニップルという小さな部品にねじ込まれて固定されます。このとき、スポークが短すぎてニップルの入り口で止まってしまっては強度が足りませんし、逆に長すぎてニップルを突き抜けてしまえばタイヤチューブをパンクさせてしまいます。理想的なのは、ニップルの頭にあるマイナスドライバー用の溝の底あたりまでスポークが届いている状態です。この「理想的な到達点」同士を、ハブを挟んで反対側まで結んだ距離こそが、真のERDなのです。

したがって、ERDはリムという金属の輪っかのサイズだけで決まるものではありません。どのようなニップルを使うかによっても微妙に変化する数値であることを理解しておく必要があります。これが「Effective(有効)」と呼ばれる所以です。物理的なリムの端から端までの距離ではなく、ホイールという構造体として機能する際の「有効な」直径という意味合いが含まれているのです。

なぜERDが重要なのか?スポーク長の精度

手組みホイールにおいて、ERDの数値が持つ重要性は計り知れません。スポーク長を計算する数式において、ERDは最も影響力の大きい変数だからです。ハブのフランジ径や中心からのズレ(オフセット)も計算には必要ですが、これらが1ミリ違ってもスポーク長への影響は微々たるものです。しかし、ERDが1ミリ違えば、算出されるスポーク長はほぼダイレクトに0.5ミリほど変わってしまいます。「たった0.5ミリ?」と思われるかもしれませんが、ホイール組みにおける0.5ミリは無視できない誤差です。

もしERDを過小評価して短いスポークを用意してしまった場合、ニップルのネジ山に十分にかからず、走行中の負荷でニップルが飛んだりスポークが折れたりする原因になります。これは安全に関わる重大な欠陥です。逆にERDを過大評価して長いスポークを用意してしまうと、組み上げの最終段階でニップルのネジ山を使い切ってしまい、それ以上テンションを上げられなくなります。また、突き出したスポークがリムテープを突き破り、パンクの原因になることもあります。

このように、ERDの正確さはホイールの完成度だけでなく、安全性や耐久性を左右します。適当な数値で計算して「なんとかなるだろう」と組み始めると、高確率で途中で行き詰まり、高価なスポークを買い直す羽目になります。だからこそ、ベテランのホイールビルダーほど、このERDの計測に時間をかけ、決して手を抜かないのです。

リムの公称値と実測値のギャップ

多くのリムメーカーは、製品カタログやウェブサイトにERDの数値を掲載しています。これを「公称値」と呼びますが、手組みホイールの世界では「公称値を鵜呑みにしてはいけない」というのが鉄則です。なぜなら、メーカーによってERDの測定基準が統一されていないからです。あるメーカーはニップルの頭の頂点を基準にしているかもしれませんし、別のメーカーはリムの内壁を基準にしているかもしれません。中には、どのニップルを使うか想定せずに、単にリムの内径を記載しているケースさえあります。

さらに、リムの製造公差(個体差)も無視できません。リムは金属を曲げて溶接して作られるため、どうしても真円度やサイズにばらつきが出ます。カタログ値が600mmであっても、手元にある実物が598mmだったり602mmだったりすることは日常茶飯事です。数ミリのズレは、先ほど説明したようにスポーク長の計算結果に致命的な影響を与えます。

特にカーボンリムの場合、リムの厚み(ハイト)に個体差が出やすく、ニップルが座る面の位置がカタログ値と異なることがよくあります。また、リムにワッシャーを入れる指定がある場合は、そのワッシャーの厚み分だけERDが小さくなる(スポークが届く距離が変わる)ため、複雑な計算が必要になります。こうした不確定要素を排除するためには、やはり「現物を測る」しか確実な方法はないのです。

ホイール組みにおけるERDの役割

ERDは、ホイールという構造物を設計図通りに組み上げるための「基準線」のような役割を果たします。建築で言えば、柱の長さを決めるための床と天井の距離を測るようなものです。この距離が正確にわかって初めて、適切な長さの柱(スポーク)を発注することができます。ホイールは、ハブを中心として放射状(あるいは交差状)に配置されたスポークが、強い張力でリムを引っ張り合うことで形を保っています。

この張力のバランスを均一にするためには、すべてのスポークが適切な長さで、適切な位置までねじ込まれている必要があります。ERDが正確であれば、計算通りのスポーク長を使用することで、すべてのニップルを同じ回転数だけ回したときに、ホイールがおおよそ真円になり、センターが出やすくなります。これはホイール組みの作業効率を劇的に向上させます。

逆にERDが不正確だと、組み上げの途中で「あれ、片側だけテンションが上がらない」「縦振れがどうしても取れない」といったトラブルに見舞われます。これはスポークの長さが合っていないために、物理的にリムを正しい位置に持ってこれないことが原因であることが多いのです。つまり、ERDを制する者はホイール組みを制すると言っても過言ではなく、スムーズで楽しいホイールビルディングのためには、ここでの努力を惜しんではいけないのです。

正確なERDの計測方法と手順

ERDの重要性を理解したところで、次は実際にその数値を叩き出すための具体的な手法について解説します。「精密な測定なんてプロの機材がないと無理なのでは?」と不安に思う必要はありません。実は、プロのホイールビルダーたちも、非常にアナログでシンプルな方法を用いて測定を行っています。身近にある道具と少しの工夫で、メーカー公称値よりもはるかに信頼できるデータを自分の手で得ることができるのです。ここではその手順をステップバイステップで紹介します。

用意する道具と自作ツールの作成

正確なERDを測るためには、高価な専用工具を買う必要はありません。むしろ、プロのビルダーたちの多くは、使い古したスポークで作った自作ツールを愛用しています。必要な道具は、2本の古いスポーク、2個のニップル、メジャー(コンベックス)、そして定規やノギスです。まずは測定用のロッド(棒)を作成しましょう。曲がっていない真っ直ぐなスポークを2本用意し、それぞれを200mmきっかりの長さにカットします。このとき、ネジ山のある側を残してカットしてください。

次に、カットしたスポークにニップルをねじ込みます。ここで重要なのが「どこまでねじ込むか」です。推奨されるのは、ニップルの頭にあるマイナス溝の底と、スポークの先端がツライチ(同じ高さ)になる位置です。ここを基準点とすることで、将来的に組んだホイールのスポークが、ニップルの最も強度のある部分までしっかり届くようになります。この状態でニップルが動かないように、瞬間接着剤やネジロック剤で完全に固定してしまいます。

これで、長さ200mmの「測定用ロッド」が2本完成しました。正確には、ニップルの頭を含めた全長ではなく、「ニップルの溝の底から、カットしたスポークの端まで」が200mmになるように作ると計算が楽になりますが、初心者の場合は「ニップルをセットした状態で全長200mm」として作り、その長さを正確に把握していれば問題ありません。要は「既知の長さの棒」を作ることが目的なのです。

2本のスポークを使った測定テクニック

自作した2本の測定用ロッドを使って、実際にリムのERDを測っていきます。まず、リムを平らなテーブルや床の上に置きます。そして、作成したロッドをリムの対角線上にある穴(向かい合った穴)にそれぞれ差し込みます。たとえば、32ホールのリムであれば、1番の穴と17番の穴が対角になります。穴の数を間違えないように、指で数えながら慎重に位置を決めましょう。

2本のロッドを差し込んだら、リムの中心付近でロッドの端同士が向かい合う形になります。このとき、2本のロッドは一直線になるように配置します。そして、ロッドのニップル部分がリム穴にしっかりと収まっていることを確認しながら、2本のロッドの端同士の距離を測ります。ここで誰かに手伝ってもらうか、マスキングテープなどでロッドを軽く固定すると測りやすいでしょう。

計測するのは「ロッドAの端」から「ロッドBの端」までの隙間の距離ではありません。実はもっと簡単な方法があります。2本のロッドをピンと張った状態で、重なり合う部分の長さを測るか、あるいは間に定規を当てて全体の長さを測るかです。おすすめは、2本のロッドの間にメジャーを当てて、一直線上の全長を測る方法です。しかし、ロッドの長さが決まっていれば、「ロッドAの長さ + ロッドBの長さ + 間の隙間」で計算できます。もしロッドが長くて重なってしまう場合は、「ロッドA + ロッドB - 重なった長さ」で計算します。

ニップルの溝を基準にする理由

先ほど「ニップルの溝の底」を基準にすると書きましたが、これには明確な理由があります。ニップルは構造上、頭の部分(リムの外側に出る部分)にマイナスドライバーや専用工具をかけるための溝があります。もしスポークが短すぎて、この溝より下で止まってしまうと、ニップルの頭部分には空洞ができ、強い張力がかかったときに頭がちぎれてしまうリスクが高まります。

逆に、スポークが長すぎて溝の底より上に突き出してしまうと、今度はニップル回しやドライバーが入らなくなり、調整ができなくなってしまいます。つまり、ニップルの溝の底というのは、スポークが到達すべき「強度上の最低ライン」であり、かつ「調整可能な限界ライン」でもあるのです。ここをERDの基準点(直径の端)と定義することで、最も安全で組みやすいスポーク長を導き出すことができます。

ただし、最近のホイールでは、ニップルの外側から調整を行わず、リムの内側から専用工具で回すタイプや、そもそも溝がない特殊なニップルも存在します。そのような場合は、ニップルの頭の頂点(ツライチ)を基準にするなど、使用するパーツに合わせて基準を変える柔軟性も必要です。基本は「スポークの端が来てほしい位置」であることを忘れないでください。

複数箇所で測定して平均を取る大切さ

「一度測ったからこれでOK」と思ってはいけません。自転車のリムは、一見完璧な円に見えても、実際には製造工程での歪みや溶接部分の影響で、微妙に楕円になっていたり、部分的に凹凸があったりします。たった一箇所の測定値だけでスポークを発注してしまうと、その場所がたまたま広かったり狭かったりした場合、全体の計算が狂ってしまいます。

正確なERDを得るためには、少なくとも90度ずつずらして、合計2ペア(4箇所)以上の穴で測定を行うことを強く推奨します。できれば4ペア(8箇所)測れば完璧です。それぞれの測定値をメモしていき、最後にすべての値を足して測定回数で割ることで「平均ERD」を算出します。この平均値こそが、そのリムの真の実力値です。

もし測定値の中に、他と比べて極端に違う値(例えば3ミリ以上ずれているなど)があった場合は、計測ミスか、あるいはリム自体が大きく歪んでいる不良品の可能性があります。その場合は、もう一度慎重に測り直すか、リムの真円度を目視で確認してみる必要があります。この慎重なプロセスが、後のホイール組みの精度を飛躍的に高めてくれるのです。

メーカー公称値と実測値のズレに注意

ネットショッピングが当たり前になった現在、画面上のスペック表を見てパーツを購入することが一般的です。しかし、手組みホイールの世界に限っては、その習慣が失敗の元になることがあります。カタログに載っている「ERD」という文字を安易に信じてはいけない背景には、製造現場の事情や、パーツ同士の相性といった複雑な要因が絡み合っています。この章では、なぜ公称値と実測値にズレが生じるのか、そしてそのズレをどう回避すべきかを深掘りします。

公称値を鵜呑みにしてはいけない理由

インターネット上のデータベースやメーカーのカタログには、多くのリムのERDが記載されています。これらは非常に便利な情報源ですが、あくまで「参考値」として捉えるべきです。なぜなら、メーカーがその数値をどのように計測したかが明記されていないことが多いからです。例えば、あるメーカーはニップルの頭を含まない「リム単体の内径」に近い数値をERDとして公表している場合があります。

また、ニップルには12mm、14mm、16mmといった長さのバリエーションがあり、形状もメーカーによって異なります。公称値がどのニップルを前提にしているかが不明な場合、その数値を使って計算すると、自分が使おうとしているニップルとの整合性が取れず、数ミリの誤差が生じることがあります。数ミリの誤差は、手組みホイールにおいては致命的です。

さらに、情報の更新漏れというリスクもあります。メーカーがリムの設計をマイナーチェンジして形状が変わっているのに、カタログのスペック表だけが古いままというケースも稀にあります。他人が測った数値やカタログスペックを信じて数千円〜数万円分のスポークを購入し、いざ組んでみたら長さが合わなかったという悲劇は、世界中のホイールビルダーが一度は経験する失敗です。このリスクを避ける唯一の方法は、自分の手で測ることです。

リムの個体差や製造ロットによる変動

工業製品である以上、リムには必ず製造公差(許容される誤差の範囲)が存在します。高級なカーボンリムや精度の高いアルミリムであっても、±0.5mm〜1mm程度の個体差は当たり前のようにあります。安価なリムであれば、その差はもっと大きくなることもあります。同じモデルのリムを2本買って、前輪と後輪を組もうとしたとき、それぞれのERDが微妙に違うことすらあります。

また、製造ロット(生産時期)によって仕様が微妙に変更されることもあります。例えば、リムの肉厚がわずかに厚くなったり、穴の加工位置が変わったりすることで、ERDに影響が出ます。これらは不良品ではなく、メーカーの品質改良や製造ラインの都合による正常な範囲内の変更とされることが一般的です。

このように、同じ商品名のリムであっても、「あなたが今手に持っているそのリム」の寸法が、カタログ値やネット上の情報と完全に一致する保証はどこにもありません。「自分のリムは特別かもしれない」という疑いの目を持って接することが、失敗を防ぐための賢明な態度と言えるでしょう。

ワッシャーを使用する場合のERD補正

リムのスポーク穴の強度を上げるために、ニップルワッシャーを使用する場合があります。特に軽量なリムや、カーボンリム、あるいはアイレット(ハトメ)のないリムでは、ワッシャーの使用が推奨されることがあります。このワッシャーを使う場合、ERDの計算には細心の注意が必要です。

ワッシャーを挟むと、その厚みの分だけニップルがリムの中心に向かって持ち上げられます。つまり、スポークがニップルに届くまでの距離が短くなるため、計算上のERDは「小さく」なります。具体的には、ワッシャーの厚みが0.5mmであれば、半径で0.5mm、直径(ERD)では1mm小さくなる計算です。これを忘れて通常のERDで計算すると、スポークが長すぎて余ってしまいます。

しかし、ここで混乱しやすいのが「実測」の場合です。先ほど紹介した「ニップルとスポークで作ったツール」を使って実測する場合、実際に使用するワッシャーを挟んだ状態で計測すれば、補正計算は不要です。ワッシャー込みの状態での有効径がそのまま実測値として出るからです。計算で補正しようとして二重に引いてしまったり、逆に足してしまったりするミスが多いので、「使う部品をすべてセットした状態で実測する」のが最もシンプルで間違いのない方法です。

失敗しないための「現物合わせ」の鉄則

ここまでの説明で、ERDがいかに繊細で、変動しやすい数値であるかがお分かりいただけたかと思います。これら全ての不確定要素を一挙に解決する魔法の方法、それが「現物合わせ」です。つまり、リムとハブ、そしてニップルが手元に届いてから、実際に仮組みや測定を行い、その後にスポークを発注するという手順です。

多くの人は、すべてのパーツを一度に注文して早く組み上げたいと考えがちです。しかし、リムが届く前にネットの情報だけでスポーク長を決めて注文するのは、ギャンブルに近い行為です。急がば回れで、まずはリムとハブを入手し、自分の手でERDを正確に測り、ハブの寸法も実測してから、信頼できる計算機でスポーク長を弾き出す。そして最後にスポークを注文する。

この「2段階発注」の手間を惜しまないことが、結果的に時間とお金の節約になります。プロのショップであれば在庫のスポークで対応できますが、個人で楽しむ場合は在庫を持つわけにはいきません。失敗したスポークはただの金属ゴミになってしまいます。「測ってから買う」。このシンプルな鉄則を守るだけで、ホイール組みの成功率は9割以上保証されたようなものです。

スポーク長計算機(カリキュレーター)の活用術

苦労して正確なERDを測定したら、いよいよ最も緊張する「計算」のフェーズに入ります。かつては手計算で複雑な三角関数を解いていた時代もありましたが、現在は便利なオンライン計算機(カリキュレーター)が数多く公開されています。しかし、道具は使いようと言われる通り、計算機も正しい使い方を知らなければ誤った答えを導き出してしまいます。ここでは、信頼できる計算機の選び方から、入力時の注意点、そして計算結果をどのように解釈して実際のスポーク長を決めるかまで、実践的なノウハウを伝授します。

信頼できるスポーク長計算サイトの紹介

正確なERDが測定できたら、いよいよスポーク長の計算です。手計算で求めることも可能ですが、三角関数などの複雑な数式が必要になるため、現在はオンラインの「スポーク長計算機(Spoke Calculator)」を利用するのが一般的です。世界中には数多くの計算サイトが存在しますが、入力項目や計算ロジックに微妙な違いがあります。

特に信頼性が高く、多くのビルダーに愛用されているのが「DT Swiss Spokes Calculator」や「Spokecalc.io」、そして「Frey Spoke Calculator」などです。DT Swissのサイトは視覚的に分かりやすく、初心者にも使いやすいのが特徴ですが、同社製のパーツを使うことを前提とした補正が入る場合があるため注意が必要です。一方、Spokecalc.ioなどはシンプルで汎用性が高く、測定した数値を素直に反映してくれます。

どのサイトを使うにせよ、重要なのは「複数の計算機で試してみる」ことです。同じ数値を入力しても、計算式や丸め誤差によって結果が1mm程度異なることがあります。2〜3つのサイトで計算し、結果がほぼ一致すれば安心です。もし大きく異なる場合は、入力項目の解釈(ERDの定義など)が違っていないか再確認しましょう。

ERD以外の必要な数値(ハブ寸法など)

スポーク長を計算するためには、ERD以外にもハブに関する正確な寸法が必要です。主に必要なのは以下の4つの数値です。「ロックナット間距離(OLD)」、「フランジ径(左右)」、「フランジ中心からハブ中心までの距離(左右)」、そして「スポーク穴数」です。これらもメーカー公称値がありますが、やはり実測がベストです。

特に間違いやすいのが「フランジ中心からハブ中心までの距離」です。これはハブのセンター(車体中心)から、スポークを通すフランジまでの距離を指します。フロントハブやリムブレーキのリアハブなら比較的単純ですが、ディスクブレーキ対応ハブや、左右非対称のリアハブでは、左右で数値が大きく異なります。これを逆に入力してしまうと、スポーク長が左右逆になり、組めないホイールになってしまいます。

また、スポークの組み方(クロス数)も重要な入力項目です。4本組み(2クロス)、6本組み(3クロス)、あるいはラジアル組みなど、自分がどのようなパターンで組むかを決定してから入力します。クロス数が増えればスポークは長くなり、減れば短くなります。初めての方は、スタンダードな6本組み(32ホールの場合)などを選ぶのが無難です。

計算結果の丸め方(切り上げ・切り捨ての判断)

計算機が出した答えは、「294.3mm」のように小数点以下まで表示されることがほとんどです。しかし、実際に販売されているスポークは通常1mm刻み、あるいは2mm刻み(偶数長のみなど)です。この端数をどう処理するかは、ビルダーの腕の見せ所でもあります。

基本的には、計算結果に近い長さのものを選びますが、迷ったときは「わずかに短め」を選ぶか、「わずかに長め」を選ぶかで意見が分かれます。ERDを「ニップルの溝の底」で正確に測っている場合、計算結果は「理想的な長さ」を示しています。したがって、±1mm程度の範囲内であれば許容範囲です。例えば294.3mmなら、294mmを選べば0.3mm短くなるだけで問題なく組めます。

しかし、もし294.8mmのような結果が出た場合、294mmだと0.8mm短くなり、295mmだと0.2mm長くなります。この場合、ニップルのネジ山に余裕があるなら295mmの方が安全かもしれません。ただし、長すぎるとネジ底付きのリスクがあるため、一般的には「1mm以内の不足なら許容(短い方を選ぶ)」とするケースが多いです。スポークは組むと伸びる性質もあるため、長すぎるよりは若干短い方がトラブルは少ない傾向にあります。

左右のスポーク長が違う理由

初めてホイールを組む人が驚くことの一つに、「左右でスポークの長さが違う」という事実があります。特にリアホイールや、ディスクブレーキのフロントホイールでは、左右のスポーク長が数ミリも異なることが一般的です。これは「オチョコ量(Dish)」と呼ばれる構造上の必然です。

自転車のホイールは、フレームの中心にリムが来る必要があります。しかし、リアハブにはカセットスプロケット(ギア)が付くため、右側(ドライブサイド)のフランジは中心に寄り、左側(ノンドライブサイド)のフランジは外側に位置します。この左右非対称なハブの形状に合わせて、リムを真ん中に持ってくるためには、右側のスポークを短くして強く張り、左側のスポークを長くして緩めに張る(角度を寝かせる)必要があるのです。

計算機はこの幾何学的な位置関係を正確に計算してくれます。その結果、右側が292mm、左側が294mmといった具合に別の長さが指定されます。これを無視して左右同じ長さのスポークを買ってしまうと、片側は適正でも、もう片側は全く長さが足りないか、余りすぎてしまうことになります。購入時は必ず「右用」「左用」として分けて管理し、組むときも混ざらないように注意しましょう。

よくある間違いとトラブルシューティング

どれだけ準備をしても、初めての作業にはトラブルがつきものです。しかし、先人たちが経験してきた失敗のパターンを知っておくことで、同じ轍を踏まずに済む確率はグッと上がります。この章では、ホイール組みの現場で頻発するトラブルや、特定のパーツを使う際に陥りやすい罠について、その対策とともに紹介します。困ったときの「転ばぬ先の杖」として活用してください。

スポークが長すぎる・短すぎる時の対処法

どんなに慎重に計算しても、いざ組んでみると長さが合わないというトラブルは起こり得ます。もしスポークが長すぎて、ニップルを回しきってもテンションが上がらない(底付きする)場合は、残念ながらそのスポークは使えません。無理に回すとニップルが舐めたり、スポークがねじ切れたりします。この場合の対処法は、適切な長さのスポークを買い直すのが基本ですが、1mm程度の誤差であれば、ワッシャーを追加してリムの厚みを擬似的に増やすことで救済できる場合もあります。

逆にスポークが短すぎて、ニップルのネジ山に届かない、あるいは数山しかかからない場合はさらに危険です。そのまま組むと走行中に破損する恐れがあります。この場合は、より長いニップル(ロングニップル)に変更することで解決できるか検討します。ただし、ロングニップルを使っても、内部のネジ切りの位置が変わらないタイプもあるため、必ずしも有効長が伸びるとは限りません。やはり基本は、正しい長さのスポークを用意することです。

最も避けたいのは、長さが合わないまま「まあいいか」と組んでしまうことです。それはホイールの寿命を縮めるだけでなく、ライダーを危険に晒す行為です。失敗を認めて正しい部品を手配し直す勇気も、ホイールビルダーには必要な資質と言えます。

ダブルウォールリム特有の注意点

現代のスポーツバイク用リムのほとんどは、内部が空洞になった「ダブルウォール(二重壁)」構造をしています。このリムでERDを測る際や実際に組む際に最も多いトラブルが、「ニップルをリムの中に落としてしまう」ことです。一度リムの空洞に入り込んだニップルを取り出すのは至難の業で、カラカラという音に悩まされながら、リムを振って取り出し口を探すという不毛な時間を過ごすことになります。

これを防ぐためには、ニップルをセットする際に、不要なスポークを軽くねじ込んでハンドル代わりにし、リム穴に誘導するテクニックが有効です。また、ERD測定時に自作ツールを使う際も、ニップルが外れてリム内に落ちないよう、接着剤でしっかり固定しておくことが重要と説明したのはこのためです。

また、ダブルウォールリムはニップルの座面が見えないため、スポークがどの程度ニップルに入り込んでいるかを目視確認しづらいという難点があります。だからこそ、事前のERD測定と計算の精度がモノを言います。「見えない部分だからこそ正確に」を心がけましょう。

ニップルの種類によるERDへの影響

ニップルには真鍮(ブラス)製とアルミニウム製があり、形状もスタンダードなものから、六角形(ヘックス)、四角形(スクエア)、さらにはリム内部に隠れるインターナルニップルなど多岐にわたります。これらはそれぞれ頭の厚みや形状が異なるため、ERDの測定値に影響を与えます。

例えば、DT Swissの「Squorx」ニップルなどは、専用工具を使うための頭部分が特殊な形状をしており、通常のマイナス溝付きニップルとは基準点が変わる可能性があります。また、インターナルニップルを使用する場合は、ワッシャーのようにリムの外側に出る部分がないため、ERDの考え方自体を少し調整する必要があります。

重要なのは、「測定に使ったニップル」と「実際に組むときに使うニップル」を同じにする、あるいは同じ寸法構造のものを使うということです。測定は適当なニップルで行い、本番で特殊なニップルを使うと、計算が狂う原因になります。パーツ選定の段階で、どのニップルを使うか決めておくことが成功の鍵です。

再利用リムを使う場合のチェックポイント

手組みホイールの醍醐味の一つに、古いホイールを分解して、リムだけ再利用してハブを新品にする(あるいはその逆)という楽しみ方があります。この「リムの再利用」を行う場合、新品のリムとは違う注意点があります。それは、リムが長年の使用やスポークテンションによって変形している可能性があることです。

使用済みのリムは、以前のスポークテンションによってニップル穴周辺が盛り上がっていたり、全体的にわずかに縮んでいたりすることがあります。また、リム自体が歪んで真円度が落ちていることも少なくありません。そのため、再利用リムの場合は、必ずERDを実測し直す必要があります。カタログ値や、以前組んだ時のデータを当てにしてはいけません。

測定の結果、場所によってERDの数値が大きくばらつく場合は、そのリムはもう寿命かもしれません。無理に組んでも振れが取れず、安定したホイールにならない可能性が高いからです。再利用はエコで経済的ですが、リムの状態を見極める眼力も必要になります。

まとめ:Effective Rim Diameterを制する者はホイール組みを制す

まとめ
まとめ

手組みホイールの世界において、「Effective Rim Diameter(ERD)」は単なる数値以上の重みを持つ言葉です。それはホイールの設計図における最も重要な座標であり、安全で高性能なホイールを生み出すための基礎となります。メーカー公称値を鵜呑みせず、自分の手で現物を測るという一手間。ニップルの構造を理解し、ミリ単位の精度にこだわる姿勢。これらの一つ一つが、組み上がったホイールの品質に直結します。

初めての測定や計算は難しく感じるかもしれませんが、その原理は単純な物理法則に基づいています。「スポークがどこまで届けばしっかりと固定されるか」というシンプルな問いに対する答えを、正確に数字で出すだけです。一度このプロセスを理解し、成功体験を得れば、次からはどんなリムやハブが来ても怖くありません。

自分だけの理想のホイールを組み上げ、そのホイールで風を切って走る喜びは、何物にも代えがたいものです。その第一歩として、ぜひ今回の記事を参考に、正確なERDの計測にチャレンジしてみてください。あなたの手組みホイールライフが、より充実したものになることを願っています。

【計測時のポイント】
ERDを測る際は、必ず「実際に使用するニップル」を使って測定しましょう。また、リムの左右(ドライブサイド・ノンドライブサイド)で穴の位置(オフセット)が異なる場合もあるので、測定ロッドを差し込む穴の選定にも注意が必要です。

メモ:ERDの計算や測定に自信がない場合は、プロショップに相談してリムとハブを持ち込み、スポーク長だけ計算してもらう(あるいはスポークを購入する)という方法もあります。無理をして失敗するより、専門家の知恵を借りるのも賢い選択です。

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